【2023年8月】駐在員が中国赴任中に退職を迎えた場合の、日中の税務及び中国労務の留意事項にかかる解説

 

PDF版はこちら → China Info JPマイツ通信 2023年8月号

 

コロナ禍を経て、中国駐在員の派遣動向にも変化を感じます。これまでは沿海部を中心に、若手・中堅の駐在員を積極的に中国に派遣していた企業においても、新規駐在員よりも駐在経験者を派遣するケースが見受けられます。更に従来であれば、定年退職前に駐在員を帰任させる企業が大半でしたが、昨今、定年退職後も引続き、現地法人の要職に止まる前提でのご質問も増えてきました。

この為、中国赴任期間中に日本本社の定年退職を迎える場合について税務と労務の観点から説明すると共に、60歳以上の外国籍駐在員は、合法的な就業ステータスの取得の難易度が高まる為、併せて解説します。

 

  1. 税務の観点:今回、解説に当たり、以下の事例を設定します。

上記事例[i]の場合、日本本社の退職金を受領する時点では、日本の非居住者、中国の居住者となり、中国と日本の双方の立場から課税課税の有無を判断することになります。

(1)中国の税務

■課税対象期間:まず原則、外国籍駐在員は中国での累計居住期間(年間満183日以上)が6年以内か、同6年超かにより、課税所得の範囲が中国国内源泉所得のみ全世界所得かに大別されます(所謂““6年ルール”)[ii]。前者の場合には中国国内源泉所得が対象ですので、中国での勤務期間分(累計居住期間)に対応した課税所得を算出します(下記“課税方法”の計算例を参照のこと)。

但し、前回の個人所得税法改正時の移行措置により、累計居住期間の計算では、2018年度以前の居住期間はリセットされ、2019年度から起算して計算すると定められました[iii]。従い、2024年度までに退職した場合、2018年までの累計居住期間にかかわらず、“中国滞在期間が6年を超えない”との税務上の取扱いに沿って、中国国内源泉所得のみを課税対象とします。
(もし今後、中国での累計居住期間が6年超となった駐在員が退職金を受領する場合、規定に則れば、全世界所得(すなわち退職金の全額)が課税対象となります[iv]。)

■課税方法:次に、課税方法です。一般的には外国籍人員が受給した退職所得は、中国累計居住期間に対応する一時的な賃金・給与所得として取扱います。従い、当該課税所得を総合所得に加算(賞与の全額を加算する場合と同様)としますので、賃金・給与所得の金額水準や退職金及び居住期間により異なりますが、通常、最高税率45%が適用される可能性が高いと予想します。事例では、以下の通りに課税所得を算出します。

 尚、一部地域では一次性補償収入の経済補償金と同様の扱いにて退職所得の納税申告が受理された例もあります[v]。すなわち、当地の前年度平均給与の3倍超の(年間)所得金額に対し個人所得税を免除し、3倍超の当該金額は総合所得に算入せず、別建にて総合所得税率表に基づき、課税所得を算出しますので、通常、納税額が低減します。
但し、当該方式の可否も含めて、実務的には事前確認の上、くれぐれも慎重な検討と対応を願います。

(2)日本の税務

日本の税法上、日本の勤務期間に対応する部分については、非居住者の国内源泉所得として税率20.42%にて計算した所得税を納付します。
但し、もし退職時に日本の居住者であれば退職所得控除等の優遇措置が享受できるにもかかわらず、(しかも社命により)海外で退職を迎えた為に、上述の高い税率で課税されるとすれば、大きな不公平感が生じます。この為、帰国後に退職金の受領に対して、20.42%の課税適用(のまま)にて完了するか、日本の居住者として退職金を受領した場合の計算式を適用するか選択適用が可能な建付けとなっています[vi]

 

  1. 労務の観点


A氏は現状、有効な居留許可証及び工作許可証(以下“両証”と表記)を取得していますが、両証の有効期限到来後も、引続き、現地法人にて勤務する場合、両証の更新が必要となります。特に2017年4月に施行された外専発「2017」40 号[vii]に基づく新たな外国人就労許可制度(すなわち、外国籍人員をA類からC類の3段階に分類管理)の導入を契機に、多くの地域で60歳以上の外国籍人員に対して、就業ビザの取得・工作許可証の更新における難易度が非常に高くなっています。A氏の場合も、従来と同様のB類要件の充足だけでは有効な工作許可証は保持できない可能性が非常に高いと考えられます。この場合、A類要件(一例では、当地の前年度平均給与[viii]の6倍超の年間収入)を充足した上で、合法的な就業ステータスの維持を図る方法が考えられます。但し、当該A類要件を充足しても更新が認められない可能性には、くれぐれも留意願います。

 

  1. 留意事項

中国で定年退職を迎えた場合、上述の通り、日中双方の税務や労務対応に留意すべき事項が散見されます。

特に合法的な就業・中国での居住へのハードルが高まる点に、くれぐれも留意すべきと言えます。この為、当該人員を継続して駐在させることの是非や、交代要員の派遣や現地化の可能性も含め、早めの検討や対応が求められます。

もし定年後も継続勤務させる場合、各当局に対する実務運用も含めた事前確認と適切な手続き対応が求められます。また昨今、日本側でも退職所得に対する優遇措置の見直し議論も活発化するなど、日中共に、最新動向の注視が必要であり、必要に応じて専門家の活用が望まれます。

 

 

[i] 本事例では、更に税額は個人負担方式(グロスアップ計算せず)、退職金も一時金としての受領を前提としている。

[ii] 但し、個人所得税法実施条例(第4条)では、中国における累計居住日数の判定において、いずれかの年度に一回の出国日数が30日超となる場合には6年ルールがリセットされ、連続年数を新たに計算することとなる。
原文は右記URLを参照のこと。URL:中华人民共和国个人所得税法实施条例_税务_中国政府网 (www.gov.cn)

[iii] 財政部・税務総局公告「2019」34号を参照のこと。原文は下記URLの通り。
URL:关于在中国境内无住所的个人居住时间判定标准的公告 (chinatax.gov.cn)

[iv] 但し実務的には、税務当局の承認を取得し中国累計居住期間に対応した中国国内源泉所得のみを課税対象とする例が多いと認識。

[v] 詳細は、下記URL の財税「2018」164号等を参照のこと。
URL: 《关于个人所得税法修改后有关优惠政策衔接问题的通知》(财税〔2018〕164号) (chinatax.gov.cn)

[vi] 上記事例では退職所得控除(=800万円+70万円×(38年-20年))に加え、退職所得額計算時に1/2を乗じる。下記URL等を要参照。
URL:No.2884 源泉徴収義務者・源泉徴収の税率|国税庁 (nta.go.jp)/ 所得税法 | e-Gov法令検索(第171条、第172条2項等)

[vii] 原文は右記URLの通り。URL:国家外国专家局文件 (most.gov.cn)

[viii] 例として上海市2022年平均賃金給与12,183元/月額など、6倍超は相当に高い水準となっている。

FYI: 上海社保缴费基数2023年最新(上限+下限)- 上海本地宝 (bendibao.com)

 

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