2010年1月末から2月初めにかけて、中国各地で最低賃金上昇に関するニュースが立て続けに発表されました。江蘇省では2月1日からの実施がすでに決定。上海市ではまだ確定ではありませんが、4月1日より15%程度の上昇となるニュースが出回っています。ただ、「最低賃金の定義」が各地によって異なることはあまり知られていません。また、上海市における2010年度の「最低賃金の上昇率」は、例年にはない「特殊な状況」を考慮しなければ、人件費予算を読み誤ってしまうことにもなりかねません。今回は、この中国における「最低賃金の特殊性」についてまとめてみたいと思います。
まず、「最低賃金の定義(何が最低賃金に含まれるのか?)」についてです。
上海市における「最低賃金の定義」は、「通常の状況で所定労働時間を勤務した場合に得られる手取り額」とされています。つまり、時間外手当、高温手当や社会保険料(個人負担分)、住宅積立金(個人負担分)は最低賃金に含めてはならない規定となっています。
ただ、江蘇省などでは、若干この定義が異なります。時間外手当、高温手当などの特殊状況下での手当を含まないのは同様ですが、社会保険料(個人負担分)は「最低賃金に含める」とされています。しかし、蘇州園区などの一部開発区では、独自規定を設けていることもあります。自社の所属しておられる地域の定義をお確かめください。
次に、2010年の上海市における最低賃金上昇には、以下の点にご注意ください。先日「4月1日より最低賃金15%上昇(手取:960元⇒(15%up)⇒手取1,104元)」というニュースが流れましたが、「一人当たりの人件費総額も15%アップ」で納まるケースは、むしろ希少と言えるかもしれません。上海市の「例年にはない特殊状況」を含め、注意点は以下3点です。
(1)毎年3月に改定される「上海市平均賃金」(=社会保険基数の下限値が上昇)
(2)都市戸籍を持つ45歳未満外地人にも「城鎮保険加入が義務化」(=社会保険料が増加)
(3)昨今のワーカー採用難(=新規採用の困難化、農民工の採用難も)
(1)の「上海市平均賃金」は、経済補償金、社会保険などの社会保障制度に伴う「上限値」「下限値」などを規定する非常に重要な指標として用いられています。この「平均賃金」は毎年3月に発表され、4月より「新数値」で運用されます。また、昨年7月より(2)の新しい規定が実施されています。つまり、会社側が負担する社会保険料の著しい増加を招く政策改定です。たとえば、従来「総合保険」加入の外地人従業員が次回契約更新時には「城鎮保険」へと切り替えた場合、場合によっては従来よりも約3.8倍ものコスト増となることも考えられます(※住宅積立金は除いた場合でも)。さらに、社会保険料の基数(下限値)も上昇すれば、15%のコスト増では納まらないことになってしまいます。
加えて、(3)の事情が追い討ちをかけています。09年度の雇用の冷え込み、内陸部の発展などによる沿岸部への出稼ぎ労働者の減少や、景気の復活による一部企業での大量採用などの要因で、各沿岸部で「深刻な採用難」という事態に陥っておられる声を多く耳にするようになりました。「コスト増」要因となる都市戸籍ワーカーから、農村戸籍ワーカーへ切り替えを実施したくても採用環境がそれを許してくれなくなっています。
このように、安い人件費を活用した「工場としての中国」は中国沿岸部各地では既に過去のものとなってきている傾向が顕著になっています。人件費削減という従来型の管理手法だけではなく、「組織体制の整備・構築」や「市場としての中国へ事業戦略の本格転換」など、抜本的な改革が必要となっていると言えるのかもしれません。