PDF版はこちら → 人事労務通信 2024年5月号
近年、WeChatなどのチャットアプリが普及し、主要なコミュニケーションツールとなっております。会社の日常業務管理などの場面でも、コミュニケーションの効率を高めるため、チャット連絡やグループチャットがよく利用されています。
コミュニケーションツールとして便利な一方で、従業員が会社と対立する際に、チャット履歴の中から自分に有利な情報を集めて仲裁を申し立てるケースが増えています。2012年の「中華人民共和国民事訴訟法」の改定で、WeChatなどのチャット履歴が「電子証拠」として認められるようになりました。さらに2019年には、最高人民法院が「民事訴訟証拠に関する若干規程」を修正し、電子メールやチャット、グループチャットの履歴などの電子データの証拠利用条件を明確にしました。これにより、最近の労働仲裁や裁判では、チャットやグループチャットの履歴が証拠として利用されることが増えています。
チャットやグループチャットは、非対面式で即座に情報を伝えることができるため、気軽に利用されることが多いです。そのため、感情的になったり、内容が不明瞭になったりして、不適切な発言が行われることがしばしばあります。労働トラブルが発生すると、従業員はチャットの履歴から会社の違法行為や悪意などの情報を集め、それを証拠として活用するケースが増えています。今回は判例をご紹介いたします。
判例①:
新入社員がレストランに入社し、労働契約書が締結されていないにも関わらず、毎月勤務し、給与がWeChatを通じて振り込まれていました。レストランが経営難に直面し、清算を試みたところ、従業員は会社との労働関係を主張し、経済的補償を要求しました。
仲裁の過程で、従業員はWeChatで出された業務指示や給与振込の電子記録を証拠として提出しました。これらの電子証拠が仲裁で認められ、従業員と会社の労働関係が確認されました。
判例②:
従業員は退勤後も、会社からWeChatで出された業務指示に従って勤務したため、残業代の支払いを要求しました。会社はその連絡は臨時的なものであり、通常のコミュニケーションであると主張し、残業代の支払いを拒否しました。
従業員は裁判所に対し、退勤後に会社や顧客とやり取りをしたWeChatのチャット履歴を証拠として提出しました。裁判では、当該業務が周期的かつ固定的な特性を持ち、一般的なコミュニケーション範囲を超えていると認定され、残業代の支払いが命じられました。
現段階では、チャット履歴は証拠としての効力は限定的であり、補助的なものとされています。しかし、従業員が証拠として採用しなくても、会社の不当な行為を証明する内容は全て証拠として提出されます。特に、上司からの厳しい発言や従業員同士の不満など、主観的な内容が多く含まれています。仲裁担当者の法律知識が不十分な場合もあるため、証拠として認められなくても、これらの電子証拠が与える印象で会社の評判が損なわれる可能性があります。
WeChatなどの即時型コミュニケーションツールの普及は今後も更に進むことが予想されます。この普及に伴うリスクを回避し、不利益を防止するには、会社全体と各管理者の労務管理能力を高め、適切なルールに基づいた日常の管理を徹底することが必要です。