【2022年7月】社会保険の加入・支払を第三者に代行させることは違法である

 

 

 

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1.社会保険代行会社の存在

中国で人事労務の仕事をしていると「社会保険代行会社」という言葉を耳にすることがあります。言葉からしますと、単に社会保険料を会社の代わりに納めるサービスを行っている会社のように思えますが、そうではありません。

中国では、省や直轄都市毎に年金の算定基準金額(将来受け取ることができる年金の金額の基準となる金額)等が異なります。そのため、勤務している場所で社会保険に加入し社会保険料を納めなければなりません。

ところが、上海の工場で勤務していたところ、工場移転で浙江省の工場に単身赴任せざるをえなくなったが、家族や老後の年金額の維持のためにも上海で社会保険を加入したいというニーズが生まれます。

そのようなニーズに合わせて、社会保険代行会社がその希望者を雇用した形にして社会保険に加入し社会保険料を代わりに納めるのです。

従来からこのような仕組みは違法だと言われており、大手人材会社は軒並みこの社会保険代行加入・支払サービスを行わなくなってきております。

以下の事案は上記事案と異なりますが、裁判所が労災事案を通じて社会保険代行加入・支払サービスが違法であることを明らかにした珍しい事案ですのでご紹介したいと思います。

2.事案

蘇は、2014年9月1日に武漢の製薬会社に入社し、営業担当として北京で勤務していました。

製薬会社は、2014年9月から2016年1月にかけて、ある社会保険代行会社に委託し、蘇を含む北京の従業員の社会保険を北京市社会保障局に支払っていました。2015年12月25日午後9時頃、蘇は仕事用に車からUSBメモリを取り出そうと階下に降りたところ、ビルの下の段差を踏んで負傷し、病院から右脛骨骨折と診断されました。 蘇は2015年12月25日から2016年1月11日まで17日間、2016年6月27日から7月4日まで7日間、北京豊台病院に入院し、医師から丸1ヶ月間仕事を休むように診断を受けました。

2017年4月27日、武漢労働能力鑑定委員会は蘇の労災障害レベルを9級と認定しました。

蘇は、社会保険代行会社が所在する社会保険機関、すなわち北京市豊台区の社会保険基金管理センターに労働災害保険給付を申請しましたが、違法な社会保険加入を理由に蘇への労働災害保険給付の支払いは拒否されました。

蘇は、製薬会社を提訴し損害賠償請求を行いました。

3.判決(二審 蘇勝訴)

中華人民共和国社会保険法第58条は、「雇用主は、雇用の日から30日以内に、その従業員の社会保険登録を社会保険機関に申請しなければならない」と規定している。 上記の規定によると、従業員の社会保険加入手続きを行うのは雇用主の法的義務であり、雇用主が従業員に代わって第三者に社会保険の支払いを委託することは合法ではない。

中華人民共和国社会保険法第41条によると、「従業員の雇用主が法律に従って労働災害保険料を支払わない場合、雇用主は業務上の事故が発生した場合に労働災害保険金を支払う」と定めているので、雇用主は従業員が受けるべき労働災害保険金を全て負担しなければならない。

本件では、会社は社会保険代理会社に従業員蘇の労働災害保険の支払いを委託し、社会保険会社が所在する地域の社会保険機関は蘇に労働災害保険金を支払っていないため、蘇が享受すべき労働災害保険金の損失は雇用主の会社が負担すべきものである。

4.実務上の留意点

このように社会保険代行会社を利用することは違法であると共に、労災事故発生時に思わぬリスクを負担することになってしまいますのでご注意ください。

案号:(2018)鄂01民终3245号(当事者仮名)