【2022年4月】突然退職した従業員に対する損害賠償請求は認められるか?

 

 


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1 退職した従業員に対する損害賠償請求

日本では退職代行会社が色々話題になっていますが、中国でも突然従業員が退職をして連絡が取れなくなり、会社が様々な有形無形の損害を被ることがあります。

今回は、会社が突然退職した従業員に対し損害賠償請求を行った事例についてご紹介いたします。

 

2 事案

T社と林は雇用契約を結びました。両者の間で締結された雇用契約では、「当事者乙(従業員)が事前の予告期間を置かず一方的に契約を解除した場合で、かつ当事者甲(会社)に生じた経済的損失の具体的金額が確定できない場合は、甲乙は、乙の過去12ヶ月の平均月収実額に応じてその賠償額を算定することに合意する」と規定されていました。

その後、林は事前の予告期間を置かず、突然T社を退職しました。

T社は、林の原因不明の突然の離職は、会社の運営や経営に影響を与えたと考え、かつ損害額の算定が困難であったため、雇用契約に基づき、平均給与の1カ月分を損害賠償額として損害賠償請求を行いました。

会社は労働争議仲裁委員会に仲裁を申請し、林に1ヶ月分の給料を補償金として支払うよう要求しました。 仲裁委員会は、この請求を棄却する裁定を下しました。 T社は人民法院に提訴しました。

 

3 第一審・二審判決内容(会社の請求棄却)

第一審・二審判決は、下記の理由から、会社の請求を棄却しました。

 

・中華人民共和国労働契約法第37条は、労働者が30日前に書面で使用者に通知すれば労働契約を解除できることを明確に定めている。 本条は、30日前の予告義務を果たさない労働者が、予告期間の代わりに1ヶ月分の給与を使用者に支払う必要があるかどうかは規定していない。

・中華人民共和国労働契約法第90条は、この法律の規定に違反して労働契約を解除し、使用者に損害を与えた労働者は賠償責任を負うと定めている。

・上記2つの法律規定の内容によると、理由なく雇用契約を解除した労働者は、事前通知期間に代えて1ヶ月分の給与を支払う義務はないが、使用者に実際の損害を与えた場合は賠償の義務を負うとされている。

・労働契約法は、当事者が清算的損害賠償について合意できる状況に一定の制限を加えており(競業避止義務等では損害賠償について事前の合意をすることが許されている)、本件はそれが適用される場面では無く、T社と林の間の雇用契約終了時の損害賠償請求に関する合意は法令に反し無効である。

・会社は、林が雇用契約の解除を30日前に通知しなかったことにより会社に生じた実損害を証明できなかったので、会社は林に賠償を請求する根拠を欠く。

 

4 実務上の留意点

要するに、雇用契約書や就業規則に突然退職した従業員に一定の金額を損害賠償請求できる旨定めても、会社が実損害を証明しない限り、損害賠償請求はできません。

中国も日本も、労働者が退職することをなるべく保護しようとしますので、会社が事前及び事後に打つ手は事実上ありません。残念ながら、事前対策としては、突然退職しないような人間関係を作るか(突然退職するような人を雇用しないか)、突然退職しても事業運営に致命的な支障が生じないような仕組みを作るくらいしかありません。