この数年、上海の日系企業では「外国人にも社会保険金の納付が強制されるようになるのではないか?」と心配されてきました。北京をはじめ、中国のほとんどの都市では既に外国人の社会保険金納付が義務付けられおり、上海は納付が強制されていない残りわずかな都市の一つとなっていたからです。そんな中、2018年5月9日、日中間にて「社会保障に関する日本国政府と中華人民共和国政府間の協定」が締結されました。これにより、「上海で勤務する外国人には社会保険を納付する義務がない」と、安心してしまう人が少なくありません。しかし、本当に安心してよいのでしょうか?
実際、当該協定は2018年5月9日に締結されましたが、その効力はまだ発生していません。協定の第19条に「両締約国は、この協定の効力発生のために必要な国内法上の手続の完了を通知する外交上の公文を交換する。この協定は、当該公文を交換した月の後四箇月目の月の初日に効力を生ずる」と定めています。中国国務院が2018年3月2日に発表した「国務院2018年立法工作計画に関する通知」を見ると、外国人の社会保険納付に関する立法の計画はなく、今から緊急に追加したとしても法律の正式発表は2019年の5月になる可能性があります。実際、現在も北京や深センの人力資源と社会保障局に確認したところ、外国人の社会保険金納付は依然として強制されています。
また、現段階の協定内容を見ると、「外国人は社会保険の納付を免除される」との判断ができません。逆に、本協定を契機に上海の一部の外国人の社会保険の納付が強制される可能性さえあります。その理由として以下のことが考えられます。
1.今回締結された協定の対象は、第2条で「中華人民共和国については、被用者基本老齢保険に関する法令について適用する」と定め、養老保険に限定しています。このため、医療保険、労災保険、生育保険、失業保険については、納付が強制される可能性が考えられます。
2.協定の第6条で「一方の締約国の法令に基づく制度に加入し、かつ、当該一方の締約国の領域内に事業所を有する雇用者に当該領域内で雇用されている者が、当該雇用者のために役務を提供するため、その被用者としての就労の一環として当該雇用者により他方の締約国の領域に派遣される場合には、その就労に関し、当該被用者がなお当該一方の締約国の領域内で就労しているものとみなして、その派遣の最初の五年間は当該一方の締約国の法令のみを適用する。」と定め、日本本社から中国関連会社に派遣する従業員の養老保険納付義務を免除し、中国で現地採用された外国人は、中国の法律に従うことを明確にしました。ただし、「派遣」ということをどう証明するかが問題になります。実際、多くの駐在員が中国で工作許可を申請する際、利便性を図るため、中国会社と労働契約を締結し、現地採用者と全く同じ手続きを実施してきました。そうした場合、「派遣」と認められず、養老保険の納付義務が発生してしまうリスクが高いです。
3.同じく協定の第6条で「1に規定する派遣が五年を超えて継続される場合には、両締約国の権限のある当局又は実施機関は、当該派遣に係る被用者に対し、1に規定する一方の締約国の法令のみを引き続き適用することについて合意することができる」と定め、具体的な処理方法を保留しています。派遣期間の計算は累積計算なのか、1回ごとの派遣で計算するのか、すべての入国期間が派遣期間と計算されるのかなど、執行上の難問が多く残されています。最終的には納付が免除される可能性が大きいですが、法律だけで見ると、中国で5年以上派遣された従業員が養老保険の納付を強制されるリスクも残されています。
以上のように、今回締結された協定は、あくまでも両国間の方針的な資料で、外国人が正式に中国における社会保険納付義務を免除されるためには、詳細な中国国内法の制定を待つ必要があります。また、工作許可や個人所得税の申請など、外国人就労にかかわるすべての政府手続きを実施する際に、正しいプロセス及び資料で申告することを注意しなければなりません。