PDF版はこちら →上海通信 2025年7月号
近年、日系在中国企業を取り巻く経営環境は著しく変化し、直面するリスクもより広範で複雑化しています。2020年以降の新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延は収束したものの、人々の生活環境や経営環境にも変化があり、日常の業務運営では、インターネット会議が常態化するなど、ビジネス推進の在り方も変化しつつあります。
また、実務的には、中国現地拠点の経営層を中心に、企業不祥事や不正に関するセミナー、勉強会への参加者数が年々増加しており、当該テーマへの関心の高まりを実感しています。
一方、内部監査においては、日本親会社内部監査部門が中国現地拠点への往査を再開したものの、人員不足や言語問題、或いは現地拠点の実務理解補助の要請で、外部専門機関の利用を検討するケースが増加しており、中国現地側では、統括会社や管理会社が行う内部監査の対象領域をコーポレート・ガバナンスやコンプライアンスの領域まで拡大するケースや、現地拠点が自ら内部監査を実施するため内部監査部門を設置し、内部監査人を育成するケースも見られるようになりました。
この様な環境下では、より効率的で実効性の高い内部監査手法を検討する事が効果的と思われ、従来型の内部監査のあり方を再考する良い機会であると考察しています。
本号では、効率的で実効性の高い内部監査を行う観点から「CSA(Control Self Assessment):統制自己評価」を御紹介します。
CSA(統制自己評価)とは
「CSA(Control Self Assessment):統制自己評価」【注1】とは、内部監査対象となる業務の管理者と業務担当者に(ワークショップ又はミーティングでの)「ファシリテーション」【注2】を通じて特定の問題や業務プロセスについて議論してもらい、当該部門における内部統制を自己評価する手法です。(質問書形式やワークショップ形式との組み合わせもあります。)
そのため、CSAでは、企業内の独立組織である内部監査部門が、客観的視点で自ら内部統制を評価する従来型の内部監査とは異なり、その業務を良く知る管理者と業務担当者による自己評価の結果を活用する事で、効率的な内部監査が期待出来ます。
実効性の高い内部監査とは
内部監査人は、通常、人員や時間等の制約下で内部監査への役割期待に応える必要がありますが、上述の通り、企業にとってリスクが高い、又は経営層にとって懸念のある特定の領域に対し、内部監査資源をより集中する事が出来れば、実効性の高い内部監査を行う事が出来ます。
また、内部監査の結果、何らかの指摘事項が発生した場合、内部監査部門が改善提案を行うよりも、対象部門が自ら検討した改善策の方が、当事者意識をもって改善推進する事に繋がり易く、より実践的な対応が出来るため、CSAを有効活用すれば、実効性の高い内部監査の対応を図る事が期待されます。
経営環境の変化が激しい現代において、頻繁に変革を行う組織の全ての業務プロセスや内部統制を、客観的立場の内部監査人が常に追従し続けるのは非常に難しく、一方で、企業には以前にも増してより高い倫理性や透明性が求められ、コーポレート・ガバナンスやコンプライアンスに関する領域に対しても内部監査が求められる等、内部監査部門にとっては、幅広い分野への内部監査が要求されています。
内部監査人よりも実務を知る業務管理者や業務担当者を内部監査手続に巻き込むCSAという手法は、『「内部監査に求められる質・領域の拡大」や「内部監査への期待の増大」に対応する内部監査を実現する』という要請に応えると考えられます。
CSAでは、対象部門に負担を強いる場面が想定されますが、業務管理者や業務担当者の当該手法への理解が深まれば、以下の様なCSA活用によるメリットが期待され、効果的かつ効率的な内部監査にも繋がります。
≪内部監査部門におけるメリット≫
- ①業務を良く理解する者がリスクを含めた問題点等をより正確に整理するため、効果的な内部監査が期待出来る
- ②業務管理者や業務担当者にとって納得感のある改善事項が提示され、結果的に当事者意識が高まり、円滑な改善対応が期待出来るため、効率的な内部監査の対応に繋がる
≪対象部門におけるメリット≫
- ①業務管理者や業務担当者が自らリスクを考え、管理体制を構築する事に繋がるため、組織のリスク管理能力や内部統制の理解度を向上する事が出来る
- ②担当業務の潜在的なリスクを視覚化出来るため、業務プロセスの見直しや効率化を促す契機となる
この様に、CSAを有効活用する事で、効率的で実効性の高い内部監査が期待されます。
今後の内部監査のあり方を検討される際の参考にして頂けたら幸いです。
【注1】CSAについて
・1987年にGulf Canadaの内部監査チームが内部統制の有効性を評価する目的で開発したと言われる内部監査の手法で、ファシリテーション方式により実施された。
・2008年度監査白書によれば、(日本内部監査協会会員企業のうち)半数以上の企業(56.2%)がCSAを導入(一部導入を含む)している。
【注2】ファシリテーションとは
・集団で問題を解決するために、認識の一致や相互理解に向けたサポートを行い、成果を生み出す手法のこと。
(会議やミーティングを円滑に進める技法)