中国では「自己の賃金情報を第三者に漏らしてはならない」という就業規則の条文をたまに見かけます。日本ではなかなかお目にかかれない条項です。おそらく賃金情報を同僚と交換し、同僚と共同で上司や経営者に直談判するのを防ぎたいからではないかと思います。 私は今まで、果たしてこのような規定が有効なのかと少し疑問に思っておりましたが、実は数年前にこの規定が争われた裁判例がありましたのでご紹介したいと思います。 1. 事案 劉さんは2009年4月6日に電気機器テストメーカーX社に入社しました。2012年4月12日、劉さんとその他6名は連名でX社に昇給の要求書を提出しました。要求書には劉さんを含めて要求者とその他の従業員の具体的な給与額が記入してあり、具体的な比較をしておりました。 X社は、劉さんの行動は就業規則の「従業員は自己の賃金情報を第三者に漏らしてはならず、漏らしたものは解雇処分とする」という規定に違反するとして、劉さんを即時解雇処分(日本における懲戒解雇)とし、その他の6名を警告処分としました。 劉さんは、解雇処分は違法であるとして労働仲裁を申し立てました。 2. 裁判所の判断 労働仲裁委員会はX社の解雇は有効であるとして劉さんの要求を退けましたが、無錫市の錫山区人民法院と上級審である無錫市中級人民法院は、X社の解雇は無効であるとしていずれも劉さんの要求どおりに二倍の経済補償金を支払うように命じました。 無錫市中級人民法院は「労働契約法には自己の賃金情報を第三者に漏らしてはいけないとの規定はなく、中国労働契約法では第11条、第18条から同一労働同一賃金を原則として、同一労働同一賃金を実現するには賃金は公開することを前提としている。そのため、就業規則で自己の賃金情報を第三者に漏らしてはならないと定めるのは違法であり、かかる規定を元にした解雇も違法となる」と判断しました。 3. 実務上の対応について 「自己の賃金情報を第三者に漏らしてはならない」との規定が有効か否かついてはまだ通説のようなものはなく、このような規定が全く無効で今後も通用しないかどうかは何とも言えません。しかし「人の口に戸は立てられない」と申します通り、賃金情報を全くの非公開とする事は少なくとも中国では不可能だと思われます。そのため、同僚同士で公開されても困らないような理由や内容にする必要があるかと思います。 ちなみに日本でも主に20代の社員が自分の給与明細を同僚と見せ合うことが増えており、中国と同じような現象が起きております。日本全国各地で同じような話を聞くのでほぼ間違いないかと思います。「会社の決めた賃金には黙って従いなさい」と言うことは、日本でもどうやら難しい時代になってきたようです。