
PDF版はこちら →ひろよしくんのみみ 2026年1月号
~100年企業になる方法はこれだ!!~
皆様明けましておめでとうございます。今年は丙午!!午年の方は、活発で行動力があり何事にも意欲的に挑戦する傾向があると言われています。赤兎馬の様に一日千里を走り、皆様に有意義な情報をお届けしたいと思いますので、今年も宜しくお願いします。
皆様は、広島にある野村乳業株式会社はご存じでしょうか?野村乳業株式会社は、創立1897年の百年企業。乳酸菌飲料・発酵乳・牛乳・植物性乳酸飲料を取り扱っており、『食を通じ、世界中のお客様をおなかから健康にしたい』という経営理念を掲げる企業です。
野村乳業株式会社&野村家のプロフィール
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年 度
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内 容 |
| 1897年 | 初代野村郁造氏が広島県安芸郡府中町に野村牧場を創設し酪農業を開始。(NHKの朝ドラ「バケバケ」でも出てきましたが、牛乳は当時、病人、乳幼児だけの高価な薬のイメージでした!!) |
| 1914年 | 低温殺菌処理した牛乳を「野村高等牛乳」として製造・販売するも食文化の違いから牛乳の売上は伸び悩む。また、バター、チーズ類の乳加工製品も加工技術が稚拙であったため売れず。 |
| 1950年 | 食品衛生法が施行され保健所に監督指導が移管。牛乳の殺菌方法も低温殺菌法から高温短期間殺菌に変わり、さらに1957年には超高温瞬間殺菌法が開発され、保存性の高い飲用牛乳が販売される。 |
| 1964年 | 個人事業を野村乳業株式会社に改組。社長に野村廣氏が就任。ドイツ、イギリスより牛乳充填機、牛乳濃縮機を購入し量産化を進める。学校給食の指定工場になり、瓶装形態から紙容器に変換を図り一気に業容拡大!!68年頃から牛乳だけでなく、乳酸菌飲料『ゴールドサワー』を開発。 |
| 1974年 | 発酵乳ヨーグルトの増産を目的とした「冷・暖両用自動培養室を完成」。 |
| 1982年 | 新社長に野村守男氏が就任。日本初のプリンヨーグルトを開発し全国展開。 年間売上13億円を達成!!その後も売上拡大が続く。 |
| 2000年 | 乳業メーカーが主力としてきた牛乳、ヨーグルト、プリンは価格競争が激化⇒負のスパイラルに突入⇒企業のミッションを「食を通じてお客様の健康維持に役立つ」とし、より重要な「商品価値」を提供する食品の開発に方向転換!! |
| 2003年 | 広島大学と「機能性食品」の共同研究を開始。 |
| 2009年 | 植物乳酸菌の研究成果が認められ「発酵飲料及びその製造法」の特許を広島大学と共同で取得。 |
| 2011年 | 植物乳酸菌飲料『飲む、植物乳酸菌』の販売を開始⇒日本で初めての商品⇒販売価格の安定、ロングセラー商品となる。 |
野村乳業株式会社は、創業時に牧場を営んでいたことから、牛から摂れる牛乳、ヨーグルト、プリンを主力商品として、設備投資を行い商品販売してきましたが、大手企業の参入と価格競争に巻き込まれ、当初3個250円のヨーグルトを100円で販売!!「100均の野村」と揶揄される⇒安売りが企業収益を圧迫し、40数名いた社員は2名(役員2名を入れて4名)まで激減!!
廃業を迫られるなか、過去の全てを捨て、動物性乳酸菌飲料から植物性乳酸菌飲料の開発(腸活専門メーカー)に大方針転換!!
農学部出身の野村社長は食品化学を専攻していたので、植物性乳酸菌の存在も、魅力的な力を持っていることも把握していた。But!!活用が難しいことも熟知していた⇒理由:菌がミルクの中で増殖しない!!⇒何とか増殖できれば、オンリーワンの商品&身体に優しい商品になる事は明々白々!!
しかし味は期待に反するもので、今までの様にスーパーなどでは新商品の訴求効果が弱く販売は低迷!!しかしすべてをこの商品にかけるため従前の乳製品の製造及び販売を2011年に完全にストップ!!
広島大学との共同開発効果も出てきて、植物性乳酸菌飲料『マイフローラ』が完成!!販売方法もリアル店舗販売(スーパーなど)から、通信販売、宅配販売に切り替え!!
野村社長曰く、価格競争に振り回される時代から一転し、社会に価値を提供する会社に生まれ変わり経営の本質が見えてきたとか。128年の歴史を持つ野村乳業は、創業以来最大の転換点を越え、今、世界中の人々に腸活の価値を届けています!!
