PDF版はこちら →人事労務通信 2025年5月号
経済の発展とインターネット社会の普及に伴い、WeChat(微信)やDingTalk(釘釘)などのコミュニケーションツールを活用して業務効率化を図る企業が急速に増加しています。さらに、EC(電子商取引)事業の展開やSNSを活用した企業宣伝など、ソーシャルメディアを通じてビジネスを拡大する企業も多く見られます。このような環境の変化により、従業員は勤務時間外であってもスマートフォンを利用すれば、いつでもどこでも業務に対応できるようになりました。
従業員が勤務時間外に、職場以外で業務関連の対応を行うことを「隠れ残業」と呼びます。このような残業は断続的で時間も短いため、企業が正式な残業と認めるかどうかが曖昧になりがちです。北京の中級人民法院(以下、裁判所)は、WeChatを利用した隠れ残業に関する注目すべき判決を下しました。
当該従業員は製品運営業務を担当しており、日常的に社内開発チームと顧客間でのソフトウェア構造設計や運用に関する連絡調整を行っていました。この従業員は会社に対し、通常勤務時間外の残業140時間、休日残業397時間、法定休日残業57時間分の残業代支払いを請求。これに対し会社側は「勤務時間外の連絡は単なる業務確認であり、実際の業務遂行には当たらない」として残業認定を否定しました。しかし二審では、従業員の請求額の一部である3万元の支払いを会社に命じる判決を下しました。その主な判決理由は以下の通りです。
「隠れ残業」の認定基準について:
会社が労働者に勤務時間外かつ勤務場所外でWeChatなどのSNSを通じた業務指示があったこと及び従業員がその業務により明らかに休息時間を奪われたことを証明できる場合、労働者は会社に残業代を請求できると、裁判所が判断しました。特に本件では業務に「周期性」と「固定性」が認められ、単発的な連絡ではなかった点が重視されました。
残業代の金額について:
SNSを利用した業務は労働時間の客観的把握が難しいため、全てを残業時間とみなすのは企業側の公平性に欠けます。裁判所は「隠れ残業」の頻度、内容、オンライン作業時間等を総合的に考量し、労使間のバランスが取れるよう判断すべきとの考え方を示しました。
スマートフォンの普及により、現在ではいつでもどこでも仕事が可能な環境が整っています。多くの企業で従業員用のグループチャットが作成され、業務上の疑問や確認事項を即座に解決できるようになり、業務効率が向上しています。今回の判例では、裁判所が「業務の実質的内容」と「休息時間の侵害」の2点を重視して残業認定を行いました。簡単な連絡を超える内容や、即時返信を強制するような管理制度がある場合、残業と認定されるリスクが高まります。
労働時間外に業務を命じた場合は、適正な残業代を支払う必要があります。しかし実際には、メールで済むような非緊急の業務でも、WeChatなどのアプリで安易に連絡してしまうケースが少なくありません。「隠れ残業」リスクを回避するためには、残業申請・承認制度を明確に整備するとともに、従業員のプライベートな時間を尊重する企業文化の構築が有効です。