給与調整をする時期や、賞与を支給する際に、中国人従業員はお互いの給与明細を確認したり、他人の給与の方が高いと上司に文句を言ったりすることがよく見られます。近年、ホワイトカラーの間では給与情報は個人のプライバシーであり、同僚に開示してはいけないという考えが広がってきましたが、製造業の会社では、自分の給与情報を同僚と交換することが、まだまだ当たり前のように行われています。
多くの会社は就業規則に「給与情報は会社の秘密であり、従業員が自分あるいは他人の給与情報を開示することは規律違反」と明確に定めています。では、従業員が同僚に給与情報を開示した場合、本当に処分を与えることができるのでしょうか。その疑問に対する参考材料の1つとして、上海裁判所による以下の判例をご紹介します。
王さんは2013年に某外資系会社に入社し、入社する際に会社の就業規則を確認し、署名しました。当該就業規則には「会社は厳格な給与、賞与に関する秘密保持制度を実施し、従業員が会社人事管理部門に自分の給与状況を確認することはできるが、自分あるいは同僚の給与、福利状況を入手したり、話したりしてはならない。従業員が給与に関する秘密保持制度に違反した場合、会社の労働規律の厳重違反と見做す」と定めています。さらに、就業規則には「会社の知的財産権及び商業秘密規定(第三者に給与、賞与に関する情報を漏洩することを含む)を違反することは、会社労働規律の厳重違反行為とし、会社は警告せず、即時労働契約を解除することができる」と定めています。
2016年2月27日、王さんは上司宛に、「別の従業員の給与は年間33万元で、自分の給与は26万元しかない。同レベルの従業員の中で、最も低い」という旨のメールを送りました。
2017年2月27日、会社は王さんに「休暇管理規定の違反」を理由とし、書面警告通知書を交付しました。加えて同日、会社は王さんに「会社規程の厳重違反」を理由に、労働契約解除通知書を交付しました。王さんは仲裁を提起し、経済補償金の支給を求めましたが、支持されませんでした。王さんは一審裁判所に対し、訴訟を提起しました。
一審の裁判では、王さんの休暇管理規定の違反行為に対する書面警告処分を支持し、さらに給与情報の漏洩行為に対して、「給与に関する秘密保持制度は、従業員のプライバーを保護し、従業員間の給与比較を防止し、従業員間のトラブルを減らすことができ、経営管理に関する会社の便利性を保証することができる。このため、合理的な範囲内で尊重すべきであり、契約(就業規則)を締結した双方に拘束力がある」と認められました。一審では、会社が勝訴しました。これに対し、王さんが不服とし、続いて二審裁判所に控訴しました。
二審でも、「王さんは上司に送信したメールに他の従業員の給与情報を明記し、自分の給与と比較した。会社の給与に関する秘密保持制度を違反しており、会社の労働契約解除は合理的である」と認め、会社を支持しました。
この判例では会社が最終的に勝訴しましたが、実は従業員の給与情報は会社の秘密ではなく、従業員が漏洩しても処分してはいけないとの判例も数多くあります。会社は給与情報を漏洩した従業員を即時解雇してもいいとは断言できません。しかし、会社の利益を守るため、少なくとも以下のポイントに注意することが必要です。
l 就業規則に「給与情報は秘密であり、漏洩する行為は会社の規定の重大違反であり、懲戒処分を与える」との規定を明記すること。
l 従業員が給与情報を漏洩したことを証明するのはとても困難であり、口頭で聞いただけでは明確な証拠とされないので、微信(Wechat)やメールなど、提示可能な証拠物を収集すること。
l 中国の労働裁判では合理性で判断する傾向が強く、規律違反行為の深刻さと処罰の重みとのバランスが見られます。給与情報の漏洩行為に対し、いきなり解雇処分を与えることは重すぎて非合理的と判断されやすいため、処分は口頭警告レベルに留めること。
以上のように、給与情報を漏洩した従業員を処罰することは可能です。ただし、未然防止のため、会社の規律などを定期的に教育することが不可欠だと考えられます。万一裁判になった場合でも、会社が日常的に秘密保持教育をしていたことを証明すれば、従業員側がその義務を負わなければならないと判断されやすく、会社側が有利になります。